自己愛と完全主義――内面の防衛戦略の違い

 

私たちは日々、目標を達成するために自分自身に厳しい基準を課すことがあります。このような「完全主義」は、自己の評価を守るための一つの手段として働いています。実は、完全主義は単なる「努力家」や「高い目標を持つ人」の特徴だけでなく、自己愛の様々な側面とも深く関係しているのです。

完全主義と自己愛の関連性

研究によれば、自己志向的完全主義は、自分が設定した高い(時には非現実的な)目標に対して、達成するために自分自身に対して厳しく完璧さを求める傾向として捉えられます(桜井・大谷,1997)。完璧でないと気がすまない、少しでも欠けがあるともうやる気になれないとったことは身に覚えがあったりしませんか? この完全主義は、不安や抑うつといった不適応状態を防衛する一つのメカニズムともみなされ、自己の内面の安定を保つための手段として機能していると言われています。 そして、自己愛という視点から見ると、人は自らの「価値」や「優越感」を保つために、さまざまな防衛機制を働かせます。自己愛というと、自分にばかり興味があり、自慢をしたり過度に賞賛を求めるナルシシックなひとというイメージがもたれがちですが、自己愛には大きく2つのタイプがあると言われています。それは「誇大型」と「過敏型」(中山・中谷,2006)。どちらの場合も、自分自身の評価を維持しようとする努力は共通していますが、その対処の仕方には大きな違いがあります。

誇大型自己愛――自信と優越感の仮面

誇大型自己愛の特徴は、自己評価を守るために誇大な自信や優越感、さらには攻撃性を示す傾向です。こうしたタイプの人は、自分の能力や成果を強調し、他者からの評価や期待に応えなければならないという信念のもと、完璧主義的な戦略を採用することがあります。 たとえば、自分が設定した目標に対して、少しの妥協も許さず、完璧な成果を求めることで、内面に潜む不安を隠そうとするのです。福井(2013)の研究では、完全主義が自己愛の「優越感・有能感」を通じて抑うつに影響を与える可能性が示唆されています。つまり、誇大型自己愛の場合、完全主義は自らの誇大性を維持するための道具として働き、結果として自己評価の高揚や不安の軽減を狙っていると考えられます。

過敏型自己愛――評価への敏感さと内面の葛藤

一方で、過敏型自己愛は、他者からの評価に非常に敏感で、内面的には対人恐怖や自己否定感を抱えている傾向があります。このタイプの人は、他者の反応に過度に左右され、批判や拒絶に対して強い不安を感じるため、自らの完璧さを過剰に求めることで、外部からの否定的な評価に対抗しようとすることがあります。 つまり、過敏型自己愛においても完全主義は防衛機制の一つとして機能しますが、その目的は、誇大な自信の維持ではなく、内面の脆弱さや不安を隠蔽し、自己評価を守ることにあります。中川・佐藤(2012)の研究では、自己志向完全主義が低い人ほど、失敗への懸念が強まった際に適切な防衛機制を選択できず、不安が増大する傾向が指摘されています。過敏型の場合、完璧さへの執着がかえって自己評価の維持に失敗し、心理的な葛藤を深めるリスクをはらんでいるのです。

防衛機制としての完全主義の選択

自己愛の両側面において、完全主義的な戦略は「自己防衛」のための重要な手段として用いられます。しかし、どのタイプにおいても、その選択が適応的であるかどうかは大きな問題です。誇大型自己愛では、完璧主義が過度な自信と攻撃性を生み出し、対人関係における摩擦を引き起こす可能性があります。一方、過敏型自己愛では、失敗への過度な恐れや自己否定が、精神的な不安定さを増幅させるリスクを伴います。 ここで重要なのは、自己愛の防衛機制としての完全主義が、個々の内面の特性や外部からの期待に応じて、さまざまな形で働くという点です。Gabbardの指摘にもあるように、どちらのタイプも自己評価を守るために戦っているものの、その「戦い方」は大きく異なるのです。

最後に

自己愛の背景にあるのは空虚な心の構造で、完全主義というのはそれを満たそうとする心の働きであるのかもしれません。自己愛の「誇大型」と「過敏型」という二つの側面は、いずれも自己評価を維持するための防衛戦略としての完全主義と深く結びついています。私たちが日常生活で目標に向かって努力する中で、このような心理的な働きに気づくことは少ないかもしれません。誇大型にせよ、過敏型にせよ、現れ方が違うだけで根っこは同じです。完璧主義は、自己愛の問題を予測させる大きな因子となりうることが、いくつかの研究で知られています。過度な完璧主義で困っているのであれば、自身の自己愛の問題について問うてみることも必要かもしれません。

ここでカウンセリングが果たす役割というのは、今、自分はどういう状態であるかを知ることなのだろうと思います。なぜ自分がそうしてしまうのか、自分が奏したくなってしまうおはどういう心の働きや、文脈があるのか。人の振り見て我が振り直せとはよく言いますが、自分のふり見て我が振り直していくのがカウンセリングです。自分の今の状態を知ることなしに、自分の行動をコントロールしていくことは難しいことでしょう。こうして自分を観察して、行動を調節していくことを「自己調整」といいます。また、自分をしていることや、自分の心の働きに気がついていくことを「自己対象化」といいます。対象化ができると、あれ、ちょっと待てよって思えるし、これはかくかくの気持ちから来ているやつだと説明がつくと、なあんだとなったり、じゃ、ちょっといつもと違うようにやってみようとなったり、そういうところで行動がちょっと変わる。でもそれが大きいわけで、そのちょっとをカウンセリングは提供するんだと思います。

 


桜井, 茂男 & 大谷, 佳子. (1997). “自己に求める完全主義”と抑うつ傾向および絶望感との関係. 『心理学研究』, 68(3), 179–186.

大谷, 佳子 & 桜井, 茂男. (1995). 大学生における完全主義と抑うつ傾向および絶望感との関係. 『心理学研究』, 66(1), 41–47.

福井義一 (2013). 青年期において完全主義と自己愛が抑うつに及ぼす影響 (Doctoral dissertation, Konan University).

中川明仁, & 佐藤豪. (2012). 自己志向的完全主義と防衛機制および不安との関連. 健康心理学研究, 24(2), 1-8.

中山留美子, & 中谷素之. (2006). 青年期における自己愛の構造と発達的変化の検討. 教育心理学研究, 54(2), 188-198.

Gabbard, G. O. (2005). Long-Term Psychodynamic Psychotherapy: A Basic Text. American Psychiatric Publishing.

 

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2025年02月04日