こんにちは。ひがしすみだカウンセリングルームです。
今回は、「自己愛パーソナリティ障害(Narcissistic Personality Disorder:NPD)」の理解と治療について、自己心理学の視点を交えながら、一般の方にもわかりやすく解説したいと思います。
自己愛パーソナリティ障害とは?
自己愛パーソナリティ障害は、アメリカ精神医学会の診断基準(DSM-5)において、以下のような特徴を持つパーソナリティ障害とされています。
自分が重要で特別な存在であるという誇大的な感覚
理想的な成功や愛、権力、美しさへの空想に没頭
他者からの賞賛や称賛を過度に求める 共感の欠如(他者の気持ちに関心を持ちにくい)
対人関係において他人を利用しやすい
傲慢で高圧的な態度
こうした特徴のうち、いくつかが長期間にわたって持続し、日常生活や対人関係に明らかな困難をもたらしている場合に、診断の対象となります。
ただし、外からは自信家に見える人でも、内面では深い不安や傷つきやすさを抱えていることがあり、表面的な印象だけで決めつけることはできません。
なぜ治療につながりにくいのか?
この障害の大きな特徴のひとつは、「本人が困っていないように見える」ことです。多くの場合、実際に困っているのは周囲の人であり、本人が支援を求めて来談するのは、自尊心が傷つけられたときや、職場や家族関係で深刻な摩擦が生じたときです。
また、自己愛の病理においては、「自分のままでいることに不安がある」ため、あらかじめ作り上げられた理想化された自己像(自我理想)にしがみつき、それを崩すような関わりを拒否する傾向があります。そのため、カウンセリングそのものが「自分は助けを必要とする存在だ」という事実に直面する機会となり、防衛的になったり、中断してしまうことも少なくありません。
自己心理学が示す理解
自己心理学の創始者コフートは、こうした障害の背景には、発達早期における「共感の不全」があると考えました。本来、子どもは周囲の大人から共感的に反応されることで、「自分には価値がある」という感覚を内面に育てていきます。しかし、そのプロセスがうまくいかなかったとき、心の中に「自己の構造的な欠損」が生まれます。
その結果、自己評価の調整が難しくなり、ちょっとした拒否や批判にも強く動揺し、抑うつや怒りとして反応するようになります。また、自分を支えるために、過度に誇大的な自己イメージをつくりあげるようになりますが、これは本来の健全な自己愛とは異なり、非常に壊れやすく、維持に多大なエネルギーが必要です。
こうした構造の不安定さが高じると、「自己の断片化(fragmentation)」と呼ばれる状態に陥りやすくなります。自己の一貫性が失われ、極端な気分の変動、怒り、自己破壊的行動などが生じることもあります。
治療の出発点としての「共感」
こうした背景を持つクライエントに対して、まず重要なのは「共感的な理解」です。
自己心理学の立場では、クライエントが治療者を「自己対象的に経験する」ことが重要だとされています。つまり、治療者がクライエントの語りや感情に共感的に応答し、そのままの存在を価値あるものとして扱うことで、少しずつ「安全な関係」の基盤が形成されていきます。
初期には、治療者が理想化された存在として見られることもあります(理想化自己対象転移)。これは防衛ではなく、自己の未発達な部分を支える自然なこころの動きとして理解されるべきです。治療者はそれに対して応答しつつも、少しずつ「限界ある他者」として経験されていくことで、クライエントの内部に新たな自己の支えが形づくられていきます。
このような過程を通して、クライエントの自己構造はゆっくりと変化し、内面の安定性や自己評価の柔軟さが育っていくことが期待されます。
焦らず、少しずつ——回復のプロセス
こうした治療は、短期的な成果を求めるよりも、長期的な関係の中で少しずつ信頼を築いていくことが大切です。
「自分が理想通りでなくても、他者との関係は壊れない」「完璧でなくても、つながることはできる」 そうした実感が得られることで、クライエントの内面に「柔らかくて壊れにくい自己」が育っていくのです。
自己愛の病理を抱える人は、自分を守るために多くのエネルギーを使っています。だからこそ、「変わること」そのものが、深い不安や危機感と結びついているのです。 カウンセリングは、そのような不安と共にあるプロセスです。 「急がずに、一緒に立ち止まること」——そこから始まる関係のなかで、少しずつ、変化の芽が育まれていくのだと思います。
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