芸術療法と身体図式:アートが支える無数の決断と変容

 

 

先週、芸術療法学会に参加しました。私も発表の機会をいただき、描画がセッション内の緊張を和らげ、セラピー全体を浮上させる効果について論じましたが、十分な準備ができず、十分に内容をお話できなかったことが残念です。それでも多くの刺激を受け、アートセラピーがクライエントに与える変容の力について改めて考える契機となりました。

学会では、森谷先生がコラージュ療法の起源について詳述され、その発展と、九分割描画法や、マンダラとの共通性、箱庭に端を発していることなど感心することも多く、有意義なものでした。いくつかのワークショップにも参加しましたが、総じて思うのが、アートセラピーは人の決断を補助するからこそ、なにか変化の景気になるものなのだろうなということでした。

こうしたアートセラピーの機能について考えるとき、中井久夫先生の「生きること自体が決断の連続である」という言葉が思い出されます。中井先生は、身体表現や描画表現においても、たとえ一本の線であっても、それが意思や主体性を含む決断の現れであると述べています。このような視点から見ると、クライエントが一本の線を引く、色を選ぶといった一見単純な行為であっても、それらは主体的な意思決定の連続によって成り立っており、自らの存在を形にする瞬間といえます。アートセラピーがクライエントの意思決定を支え、自己変容の契機を与える意義について改めて実感しました。アートは、ただの表現手段にとどまらず、クライエントが自己の選択を具体化する場となり、そこに主体性を見出すきっかけとなるのです。

しかし、日常生活でこうした決断を主体的に行うことは、多くのクライエントにとって難しく、その結果として大きな苦痛を感じているケースも少なくありません。アートセラピーがクライエントにとって支えとなるのは、このような無数の小さな決断を補助し、自己を表現しやすくしてくれるからです。

この観点をさらに深く理解するには、メルロ=ポンティの「身体図式」の理論が役立ちます。メルロ=ポンティは、身体図式を通じて、私たちが自己と外界をどのように経験し、どのように行動や認識に結びつけるかを説明しました。アートセラピーでクライエントが行う無数の決断は、この身体図式を少しずつ変容させ、新しい自己認識や行動の幅を広げるきっかけとなるのです。つまり、アートが支える連続的な決断が、クライエントの内的な変化を促し、自己表現の可能性を拡張していくのです。

 岸良範先生が「心理療法は、関係性の中で身体図式が変化することにある」とよく仰っていましたが、アートセラピーの場でクライエントが行う一連の決断が、セラピストとの関係性の中で深まっていくことで、無意識的に身体図式が変容し、新たな行動や自己認識が形成されると考えられます。岸先生はアートセラピーについて直接触れてはいませんが、私はこの考えが、クライエントがアート表現を通じて主体的な決断を積み重ね、その結果として身体図式が変わる過程と通じるものだと感じています。

今回の学会を通じて、アートがクライエントの意思決定を支え、連続する小さな決断の積み重ねが、クライエントの身体図式に変容をもたらし、新しい自己表現や行動の基盤を形作るプロセスの重要性に改めて気づかされました。今後もこの視点を実践に活かし、クライエントが自己と向き合い、変化を引き出せるセラピーの場を提供していきたいと考えています。

 

 

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2024年10月29日