対人恐怖とメンタライゼーション――「他人が怖い」の本質と、自己理解の重要性

こんにちは。ひがしすみだカウンセリングルームです。

今回は、対人恐怖に焦点を当て、その背景にある心理的メカニズムについて、メンタライゼーション理論や自己愛理論をもとに、より丁寧に考察していきたいと思います。

対人恐怖とは何か――「怖い」という感覚の裏側に潜むもの

「対人恐怖」と聞くと、多くの人は「他人の視線が怖い」「人にどう思われるか不安だ」といった表現を思い浮かべるでしょう。しかし、臨床で対人恐怖を抱える方と接していると、単純に「他人」が怖いのではなく、「自分自身がわからないこと」への恐れが中心にある場合が多いことに気づきます。

対人恐怖に見られる代表的な症状には、

劣等恐怖(他人より劣っていると感じる不安)

被害恐怖(悪意を向けられていると感じる不安)

自己視線・醜形恐怖(自分の容姿や視線を極度に気にする)

孤立・親密恐怖(人との距離感をうまく取れない)

加害恐怖(自分が他人を傷つけてしまうのではという恐れ)

などがあり(岡野, 1998)、これらに共通するのは、対人関係における自己のあり方への過敏さです。

つまり、「他人が怖い」という感覚は、実は「自分がどう振る舞えばいいか、どう見られているか」がわからず、そこに強い不安を覚えてしまうことから生まれているのです。

このような不安が積み重なると、対人場面そのものを避けたり、自分を過度に抑制するようになり、結果として社会生活に困難をきたしてしまうことになります。

メンタライゼーションとは――「心の世界」を想像する力

対人恐怖の背景を理解する上で重要な概念に、メンタライゼーション(mentalization)があります。メンタライゼーションとは、 「自分や他者を、感情や欲求、意図や信念を持った存在として理解し、それに基づいて行動を解釈する能力」 を指します(Fonagy et al., 2002)。

私たちは、他人の表情や態度だけを見るのではなく、

「怒っているように見えるけど、本当は悲しいのかもしれない」

「きつい態度だけど、緊張しているのかもしれない」 と、

その背後にある「心の動き」を読み取ろうとします。

こうした能力は生まれつき備わっているものではなく、主に幼少期の親子関係を通じて育まれます。安全な愛着関係の中で、親が子どもの感情に敏感に反応し、それを言葉にすること(例えば「怖かったね」と言って抱きしめる)を繰り返すことで、子どもは「自分にも心がある」「他人にも心がある」と理解していきます(Fonagy & Target, 1997)。

メンタライゼーションがうまく育たなかった場合、自分や他人の心の動きを理解することが難しくなり、対人場面で混乱や不安を生じやすくなります。対人恐怖は、その一つの現れと捉えられるでしょう。

自意識過剰ではない――「自己評価の不安定さ」としての対人恐怖

対人恐怖はしばしば「自意識過剰」と誤解されがちですが、実際には、自己評価の不安定さが背景にあります。

自分の感情や価値が曖昧なために、自己評価を内側から支えることができず、代わりに「他人の目」を借りて自己像を確認しようとする――これが、対人恐怖の本質的なメカニズムです。

岡野(1998)は、対人恐怖を経験しやすい人には、

他者から認められたい

評価されたい

という強い自己愛的欲求があり、それが満たされないかもしれない場面に直面すると、強い不安や恐怖が生まれると指摘しています。

つまり、対人恐怖は単なる「気にしすぎ」ではなく、傷つきやすい自己愛を守るための防衛反応とも言えるのです。

自己理解がカギ――対自的メンタライゼーションの重要性

では、対人恐怖を和らげるために何ができるのでしょうか?

近年の研究(高垣・石井, 2022)によると、対人恐怖の各側面において、

他人の心を推測する力(対他的メンタライゼーション)

よりも、

自分自身の感情や考えを理解する力(対自的メンタライゼーション)

の方が、症状緩和により強く寄与することが示されています。

私のもこのテーマの調査をしたことがありますが、興味深いことに、劣等恐怖や自己視線・醜形恐怖のように、自己像への過剰な意識が中心となる恐怖では、 他人をどう見るかよりも、自分が何を感じ、何を恐れているのかを丁寧に捉えることが重要です。 加害恐怖のように「他者への影響」を気にする場合のみ、他者の心情を推し量る力が予防的に働くことがわかっています。

また、不思議なことに他人の心情を推し量る対他的メンタライゼーションの相関は弱いので、対人恐怖とは、人がわからないから怖いのではなく、自分の気持ちを上手く掴めないから、他者っをおそれるしかないというなんとも逆説的な病理のようなのです。

このことは、対人恐怖が自己理解を巡る問題であり、単なる対人スキルの問題ではないことを改めて示しています。

対人恐怖の回復に向けて――「自分の心」を取り戻す

対人恐怖を克服するためには、まず自分自身を知ることが出発点です。

どんなときに不安を感じるのか? そのとき、自分は何を恐れているのか? その感情には、どんな思い込みや記憶が結びついているのか? こうした自己理解を深めていくプロセスは、一見地味で面倒に思えるかもしれません。しかし、自分の心の動きに気づき、言葉にすることこそが、自己像を安定させ、対人恐怖を和らげていく土台になります(Pennebaker, 1997)。

カウンセリングの場面では、安心できる関係性の中で、自分の感情を丁寧に振り返る支援が行われます。小さな気づきの積み重ねが、やがて大きな変化へとつながっていくのです。

参考文献

岡野憲一郎 (1998). 対人恐怖 心の進化と自己愛の病理. 講談社.

Fonagy, P., Gergely, G., Jurist, E. L., & Target, M. (2002). Affect Regulation, Mentalization, and the Development of the Self. Other Press.

Fonagy, P., & Target, M. (1997). Attachment and reflective function: Their role in self-organization. Development and Psychopathology, 9(4), 679-700.

Bateman, A., & Fonagy, P. (2004). Psychotherapy for Borderline Personality Disorder: Mentalization-Based Treatment. Oxford University Press.

Li, S., Yao, L., Xiao, J., Zhu, X., & He, J. (2017). Associations between childhood trauma and the mentalizing deficits in adult patients with social anxiety disorder. Frontiers in Psychology, 8, 78.

高垣忠一郎・石井千春(2022).対人恐怖心性に対する対自的・対他的メンタライゼーションの影響.心理学研究, 93(5), 521-532.

Pennebaker, J. W. (1997). Writing about emotional experiences as a therapeutic process. Psychological Science, 8(3), 162–166.

 

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2025年04月07日