こんにちは。ひがしすみだカウンセリングルームです。
今日は、子どもの遊びが心の発達にどのような意味を持つのかについて、特に精神分析家ウィニコットの「中間領域(transitional space)」という概念に焦点を当てながら、遊びと発達の関係に注目して考えてみたいと思います。
遊びのはじまり ——身体から始まる発達の扉
遊びという言葉の語源をたどると、古くは「神遊び」などの儀礼的な意味がありました。これは、神とともに時を過ごすための行為であり、人と神との中間にある神聖な空間での営みでした。漢字の〈遊〉は、「辵(しんにょう)」と、「ゆれうごく意と音とを示す斿(ゆう)」から成り、「ゆっくり道を行く、揺れ動く」という意味を持っています。つまり、遊びとはもともと、決まりきった道をまっすぐに進むのではなく、寄り道や揺らぎの中に身をゆだねる営みなのです。
赤ちゃんが寝返りを打ち、はいはいをし、手を伸ばして物をつかもうとする動きは、まさにこの「揺らぎ」のなかにある遊びの原型です。感覚と運動を通じて「自分の身体が動くこと」「外の世界に触れること」に驚きと喜びを見出すこの営みは、身体と心の発達の扉となる大切な体験です。
遊びを通じた発達の道筋
発達心理学者ピアジェは、子どもの遊びを「機能遊び」「象徴遊び」「ルール遊び」という三段階で捉えました。
機能遊び:乳幼児期の感覚運動的な遊び(たとえばガラガラを振る、口に入れて確かめる)
象徴遊び:見立てやごっこ遊びを通じた象徴機能の発達(積み木を車に見立てる、ままごとで親の真似をする)
ルール遊び:社会的なルールに基づいた協同的な遊び(鬼ごっこやカードゲームなど)
このように、遊びは身体、認知、言語、情緒、社会性など、多様な発達領域にまたがる重要な営みです。
たとえば、4歳の男の子が「お医者さんごっこ」でぬいぐるみを診察しながら、「今日は風邪ですね、注射しますよ」と言ったとします。このとき彼は、自分がかつて経験した診察を再構成し、看る側と看られる側という役割の違いを理解しようとしています。こうした象徴遊びを通じて、彼は他者の視点を想像し、自己と他者を分ける感覚を育てていきます。
また、5歳の女の子がままごとの中で「今日はお母さんが忙しいから、私がご飯を作るね」と言ったとします。そこには、家庭内の役割理解や、感情的なやりとりが象徴的に表現されており、自立や責任感の萌芽が見られます。こうした遊びは、子どもの内面にある感情や人間関係の体験を、外的な行動として意味づける試みなのです。
ウィニコットの「中間領域」理論と発達
こうした遊びの中に見られる創造的な活動を、ウィニコットは「中間領域」という理論で説明しました。中間領域とは、子どもが現実と空想のあいだに創り出す、心理的な緩衝地帯のような空間です。
この領域では、子どもは自分の感情や願望、不安を自由に投影し、象徴的に表現することができます。現実と完全に切り離された空想の世界ではなく、現実とつながりつつも、想像によって意味づけされた独自の世界。そこにおいて、子どもは「自分で意味をつくる力」「体験を自分なりに整理する力」を獲得していきます。
中間領域の形成には、「移行対象(transitional object)」の存在が欠かせません。ぬいぐるみやタオルなど、子どもが執着する身近な物がそれにあたります。こうした対象は、母親との心理的な一体感が揺らぎ始めたときに、安心感を提供し、心の安定を支える役割を果たします。
そしてその後、遊びの中で展開される象徴的なやりとりは、この中間領域をさらに豊かにしていきます。
大人との関係性が遊びを深める
こうした遊びを通じた発達が十全に展開されるためには、大人のかかわり方が重要です。評価や指導ではなく、共に遊びの世界に入り込み、子どもの創造を理解しようとする姿勢が求められます。
たとえば、子どもが「この箱は宇宙船なんだよ」と言ったとき、それを否定せず「じゃあ今日はどの星に行こうか?」と応じることで、子どもは自分の想像が受け止められたという体験を得ます。このような応答の中で、子どもは「心の中の世界」と「現実の世界」の接続を安全に試すことができるのです。
ウィニコットが唱えた「ほどよい母親(good enough mother)」のように、大人はすべてに完璧に応答する必要はありません。ときに応答がずれたり、子どもが期待した反応を得られなかったりすることも含めて、子どもは「他者には限界がある」という現実に少しずつ慣れていきます。こうした関係性が、子どもの心の柔軟性と自我の安定を育てていくのです。
まとめ:遊びが支える発達の全体性
子どもにとっての遊びは、発達を「準備するもの」ではなく、「発達そのもの」であるといえます。遊びを通して、身体感覚、象徴の力、情緒の調整、他者とのやり取り、現実と空想の統合といった多様な側面が統合され、心の基礎構造が築かれていきます。
その中心には、ウィニコットの言う「中間領域」があります。この領域が豊かに育まれることによって、子どもは内面の安定と創造性、そして現実との調和を体得していくのです。
興味深いことに、こうした遊びの体験がいかにその後の安定性や自己調整に影響するかは、他の動物にも見られます。たとえば盲導犬候補の子犬は、まず「パピーウォーカー」と呼ばれる家庭に預けられ、子どもたちとたっぷり遊ばれながら育ちます。この時期に人との愛着を形成し、遊びを通じて信頼と安心を経験した犬だけが、その後の厳しい訓練に耐えうる安定した性格を身につけることができるとされています。
これは、人間の子どもにおいても同じです。遊びの中で「自分の想像を受け止めてもらえた」「何かを創り出すことができた」という経験は、心のなかに大切な支えとして残り、困難に直面したときにも立ち戻れる心理的な足場となるのです。 子どもたちが創り出す遊びの世界に、私たち大人が耳を澄ませ、共にそこに滞在しようとすること——それが、子どもの心の発達を支えるうえで、何よりも大切な営みなのかもしれません。
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