忘れる、ということ


人の記憶には、3種類あると言われています。

目や耳で聞いた情報を超短時間記憶する作動記憶、そこから必要な情報を抜き出して記憶しておく短期記憶、記憶が定着したものを長期記憶といいます。

作動記憶と短期記憶はその性格上、情報として処理されれば、速やかに消えると言われています。短期記憶は海馬というところで処理されますが、近くに扁桃体という、不安感などを扱う部位と近いので、海馬と扁桃体が同時に発火することで、記憶が否定的な色合いを帯びたりすることがあって、意味を認識する手前の段階で、「嫌な情報」として認知の方に送られるのかなあと思っているわけですが、それはまあ別の話。

記憶のメカニズム

 人がもっぱら記憶というとき、長期記憶の中の「エピソード記憶」のことを言います。長期聞くには他に、物事の「意味」についての記憶(意味記憶)とか、「やり方」についての記憶(手続き記憶)がありますが、我々がもっぱら意識するのは出来事についての、「エピソード記憶」であるかと思います。

記憶には覚えることと覚えておくことと、思い出すことの3つしかなくて、基本的には忘れる、という機能はどうもないようです。忘れる、というのは、思い出せなくなる、ということを多分意味していて、神経回路のつながりが薄れることで、覚えている力が弱まったり、思い出す力が弱まったりして、そういう事が起きるのだろうと思います。

忘れるということ

では忘れるとはどういうことなのか。

人間は、よほどのことがない限り、遺漏なく物事を覚えておくということはできないものです。例えば何でもいいですが、直近の出来事を思い出してみてください。それはどんな場面で、誰がいて、何をしていたか、正確に思い出せるでしょうか? 細かなところは忘れていて、仮に話すとしても、なんとなく「こうだったのだろう」というところを付け足してお話になろうかと思います。

人間は話をするときに、不正確な部分を、文脈や想像で補って思い出しますから、何度も記憶を思い出して話していくうちに、不鮮明なものを都度補うことになります。そうすると、記憶というのは次第に前のものとは異なったものになっていきます。結果的に、それによって、忘れるということにつながっていくのかなと思います。

中井久夫は、トラウマ治療のために、まずは生々しい記憶を長期記憶化させることで、忘却の働きが機能することに繋がると行っていますし、ギャバードもまた、顕在記憶があっても、常に暗黙記憶の影響を受け、記憶が変容することを指摘しています。

繰り返し話すことには意味がある

 カウンセリングにおいて、同じような話をする場面がしばしばありますが、それは無駄なことではないのです。話しているうちにその話の語り方が変わることで、記憶の内容は変化していきます。新札では指を切ってしまいますが、使い古されたお札はもう指を切ることはありません。

そうやってわれわれは、嫌なことを処理し、記憶のネットワークがほどけていくことで変容し、忘れるというか、過去の囚われから少し自由になるのではないでしょうか。嫌な思い出もまた、自分を構成する一部なので、無理に忘れようとするものでもないのかもしれませんが、思い出すならもう少し違った形の方が、いいですよね。

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2018年06月25日